🌅 第3話:生きる準備 ― 消えたい気持ちの向こう側で
「今じゃなくていい」と思えた日から、
私の中で少しずつ何かが変わり始めた。
まだ心の傷は残っているし、
明るく前を向けるほどの力もなかった。
けれど、「死なないため」ではなく、
「いつ死んでもいいように整えよう」と思った。
それが、私の“生きる準備”の始まりだった。
💧 1.終活が「生き直し」になっていった
またいつ「消えたい」と思う日が来るかわからなかった。
だからこそ、自分がいなくなっても困らないようにしようと思った。
自分の物を整理し、
息子たちが生活できるようにお金や手続きも整える。
そう考えて動き出した。
それは、死の準備のようでいて、
実は、生きるための段取りでもあった。
🕊️ 2.役場や病院に通う日々
役場、病院、福祉課。
何度も足を運んだ。
最初は怖かったし、知らない人に話すのも勇気がいった。
でも、行ってみると、
支援制度や生活の助けが意外とあることを知った。
ひとりで抱え込んでいたことを、
「助けてもらっていいんだ」と思えるようになった。
少しずつ、不安が薄れていった。
🌾 3.断捨離という心の整理
家の中のものを少しずつ減らしていった。
長男が困らないように。
自分がいなくなっても、家が混乱しないように。
物を手放すたびに、
心の中の重い塊が少しずつ軽くなっていった。
「いらないものを減らす」というより、
「生きるために必要なものだけを残す」
そんな感覚だった。
💗 4.やるべきことがある。それが生きる力に変わった
終活という言葉は、
人によっては「死に向かう」ように聞こえるかもしれない。
でも私にとっては、
「やるべきことがある」ことの証だった。
片づけ、手続き、整理――
それらをしている間は、
“生きる理由”があった。
だから、不思議と「消えたい」と思わなかった。
やるべきことがある、それだけで生きていけた。
🌸 結びの言葉
終活をしているようで、
実は“心の生き直し”をしていたんだと思う。
私がいなくなっても大丈夫。
そう思えるようになるまで、
たくさんの涙と時間が必要だったけれど――
今は、
「生きていてよかった」と思える日が少しずつ増えてきた。
🌷
生きることは、終わりの準備ではなく、
“また始める”ための準備なのかもしれない。
🌿 次回予告
次回、第4話では――
「少しずつ笑えるようになった日」。
心に光が差し込みはじめた、
あの小さな“朝”の瞬間を描きます。



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